曽我部恵一バンドの永い夜は、おそらくバンドの代表曲となる。まだアルバム3枚しかだしていないけれど、すでにその風格は漂っている。むちゃくちゃに突き進んで行く疾走感と、4人で奏でる音、リズム、その一体感、曽我部氏による独自の視点から書いた詞と、完成度は高い。完成度というよりも、無駄がない。この歌になんの無駄もない。バンドとしての必要最小限の音の重なりだけだ。なのに、こんなにも胸に響いてくる。どこで鳴っているのだろう。この音はこの世界のどこで鳴っているのだろう、とふらふら外に出てきた青年は、寝間着のままで、音の鳴る方へ歩いて行く。まだ夜だ。先は長い。だんだん音が大きくなる。その音の詳細がしだいにわかってくる。なんの工夫もないシンプルなロックンロールだ。どんなに近づいても実態が明らかにならない。もうすぐそこまできている。大きな音は耳をつんざく。鼓膜が破れてしまいそう。青年は走り出す。なんとなくそんな衝動に駆られた。そういえば最近走っていない。いつからだろう、ぼくが走らなくなったのは。走ることに疲れたからだ。そのときは。今はつかれない。どれだけ走ってもつかれる気がしない。息が苦しい。けれど走れる。もっと速度を上げて、音の鳴る方へ、走って行く。これ以上大きくならない。音は鳴っているが、そこにはなにもない。公園だ。街灯が少なく、薄暗い。青年はその公園にある、滑り台の上に登る。見下ろした砂場に、ぞうさんのスコップが落ちている。あれはぼくのスコップだ。青年は急いで滑り降りる。勢いをつけて滑り降りる。いつまでたっても砂場にたどり着かない。焦りだした青年が思い出す。ぐるぐると生まれてきて今まで、の人生がぐるぐると。頭の中で再生される。これは、走馬灯?つまり、ぼくは死にかけている?そんな馬鹿な。音が唐突に終わる。天を仰ぎ見る。いつくか星が見える。
あなたはシーラカンスが二足歩行していたと聞いて信じられるだろうか?無理だろう?だってシーラカンスは水中で生活していたというイメージがある。実際、そっち側のシーラカンスの方が圧倒的に多い。けれども今回、発見されたシーラカンスの大きな特徴は二足歩行だった。シーラカンスの学名は正志とされた。その生態が正志に酷似しているという理由からだ。
正志は二足歩行でもって、餌を探し歩く。正志の餌は小エビだ。それも生ではあまり食べない。生で食べる時は、行きつけの飲み屋の大将があえてそのままだしてきたときだけ。それ以外は小エビをからっと揚げてもらう。それを肴に辛目の日本酒をくいっと一ぱいやるのが至上の喜びだという。正志は芸者を呼ぶ。年金生活をしているが、労働により、相当額の貯金がある。これから先一生かかっても使い切れないほどの額だ。正志は持て余している。どうしよう、こんなに金があっても使い切れねえや、誰かにやろうかしら。これを京都タワーの上から撒いて配ろうかしら、などと考えている。正志には家族がいない。結婚もしなかったから女房や子どもはいないし、両親は火事に巻き込まれて死んだ。兄と妹がいるが、放火し、両親を殺害した疑いの兄は10年前から見ていない、唯一正志と仲良くしていた妹は、女詐欺師として指名手配されたあげく、逃亡中に交通事故に遭ってまだ意識が回復しないまま2年前に死んでしまった。彼の境遇を心配しつつもその不幸の連鎖に加わりたくないと親戚もめったに近寄ってこない。こうして正志は金を持て余しながら、時々飲み屋で小エビをつまんでいるだけの日々を送っている。
このたび、新種のシーラカンスの学名になりました、正志さんにお聞きします。ご気分はいかがですか?
「悪くないですね、なにか自分の名前が残るって感じがして、すごく、悪くないです」
この名前の由来はなにかありますか?
「さあ、あまりそんなことを両親に聞いたことがなかったからなあ、特に意味はないんじゃないかなあ、まあ想像だけど、正しい意志を持て、ってところかな」
ずばり、正しい意志を持っていますか?
「持っていますよ、それだけは胸を張って言える、私はね、正しい意志だけで成り立っている男ですよ」
では、餌の小エビはどうして好きなのでしょうか?
「あの、餌って言い方、やめてもらえます?私はシーラカンスじゃありませんので」
でも餌ですよね?
「まあそうですけど、小エビはたまたまですよ、行きつけの飲み屋で美味いのをだすんでそれが好きなだけ、もしもあの飲み屋が美味いもずく酢をだしてたらそれが好物だったでしょうね」
正志はもずく酢を食べないんじゃ?
「食べますよ」
いや、今は学名で言っただけです
「まぎわらしいんですよ、シーラカンスでいいじゃない」
わかりました、では最後に、全国のシーラカンスファンの皆さんの一言お願いします
「私としてはなにも言うことがないんですけど、この度、私の名前が学名になったということで、これもなにかの縁、ぜひ可愛がってやってください」
ありがとうございました、正志さん
正志の写真が全国紙に掲載され、正志のもとに疎遠になっていた親戚友人から連絡が殺到する。記事によると、巨額な正志マネーが動くという。正志に群がる大人達はまるでミジンコのように正志に飲み込まれた。正志はシーラカンス以上にシーラカンスらしくあった。巨大な正志の胃の中で町、コミュニティが形成された。人口も増え、正志の外に出るための実行委員会が立ち上がり、連日会議が開催された。代表のミナミ・正志・キャサリーは正志の概念に交渉を始める。どうぞ、心を開いてください。わたしたちは外に出たい。たしかに正志マネーに乗っかろうとした、乗っかりあわよくば巨額の富を得たいと考えていた、けれどもそれは3代前の話です。我々のひいじいさんの時代です。すでにその頃の記憶がたしかなものはいません。我々はなにもしらない。ただここで生まれ育った。もう解放してくれてもいいのではないでしょうか?我々はあなたが食べた小エビのかけらを分け合って生きているのです。そろそろ限界です。限界になった我々がなにをするかわかりますか?我々にもあとがないのです。住処を燃やします。我々が全滅覚悟で燃やします。いいのですか?それはあなたも望んでいないのではありませんか?両親を火事で亡くしたんですよね?
正志はかすかに泣いた後、大きく潮を噴く、その様が新種のシーラカンスそっくりで、きたぞ!さあ観測タイムだ!と研究者大興奮。
まだ眠っていない。あたしは眠っている、と自覚できていない。だから起きている。覚醒している状態、なのに、身体は動かない。これはきっと妖精が縛っているから。あたしは身動きできない。意識ははっきりしている。まだ30分は眠れそうにない。わかる。わかっている。まだいくつか段階を踏んで眠るのだ。
じっと待っている。妖精が去って行くのを待っている。じっと待っていなければまた最初からやり直しだ。慎重にしないといけない。妖精は用事を終えればすぐに去って行く。ねぐらに帰って行く。どこにねぐらがあるのか知らないけれど、そこに帰って行く。ねぐらは温かくて快適だと話していた。あたしは聞いた、妖精と話した。言葉はわかる。心で感じるのだ。ねぐらでは妖精もリラックスしていて、普段あたしたちが見ないような顔をしている。それが素顔だ。意外に可愛いじゃない。そういう素顔を見せてくれたらもっと好きになるのに、とあたしは思っている。頑固。妖精は頑固だ。頑固だけど、そこも含めて可愛いと思う。
ユキさんは若い。まるで10代といっても言い過ぎではない。もっと老けている10代はたくさんいる。疲れきっているのだ現代ジャパンは。ジャパンのヤングは疲れきっている。もっと輝けばいいのに、とユキさんはふんわりとしたスカートをはいて言う。輝くことなんて簡単、輝こうと思うだけだからね。思えばそれで叶うものよ。ユキさんはバナナの皮をむきながら言う。食べるつもりはないけれど、バナナの皮は剥いている。でてきた中身をふたつに折って握りつぶすのだ。これはジャパンのヤングの象徴。せっかく食べごろになったのに、すぐにつぶされてしまう。誰に?社会によ。だから輝けばいい。そうすればつぶされない。なにかつぶさないでおこうと思う。そう思われたら大丈夫。輝こうと思って、ほんの少しの喜びを経験すること。
妖精があたしの瞳を思い切り引っぱってとじさせる。これが眠りだ。
西田先生は無言でわたしが手に持っている蝶々をつかむと、元に戻した。指を立てたまま、自分の口元に手を当てた。黙っていろということか。たしかにわたしは西田先生が突然現れたことに驚いており、おもわず声を上げそうになっていた。ここは美術館なのだから、声は上げてはいけない。西田先生は正しかった。蝶々はおとなしくもとの位置につく、再び完璧な水着になる。蝶々なのに水着の一部に成り下がる。おまえは生物ではないのか、生物なのに無生物になる気か?それでいいのか?わたしは蝶々に問いただしたい気分だった。西田先生は察してくれたのか、わたしの手を引いて歩き出した。どこに行くのだろう、と思いながらも抵抗せずについて行った。関係者以外立ち入り禁止の看板のあるドアに手をかけ、開けた。殺風景な廊下だった。広がりの可能性をまるで感じない廊下だった。とことこと音を立てて先生は歩いて行く。わたしはただひたすらついていく。
部屋があった。24号室、と書いてあった。西田先生はポケットからカギを取り出してドアを開けた。中は真っ暗だった。少し不安げに西田先生は電気スイッチを探っている。すぐに電灯が灯る。どうぞ、と言われた。24号室には、なにもなかった。美術館の裏にある部屋としてはなにもなさすぎると感じた。会議をする目的だとしても、なにもできない。何を想定にこの部屋を作ったのか。まったく想像できなかった。机や椅子が併設してある倉庫的なところに収納してある、ってことでもないらしい。というか、入り口の他にドアや窓がない。長方形の部屋の中心に細長い電灯があるだけで、他に何もない。4方をクリーム色の影に囲まれている。
サニーデーサービスは曽我部恵一のエゴであると、聞いたことがある。バンドではなく、曽我部氏の遊び道具。それのみで成り立っているユニット。良くも悪くもだからこそ、一定の支持を集め、長く活動できた。けれども、曽我部氏がへそを曲げてしまえばそれで終わり。もしくは残りの二人がだだをこねはじめればそれで終わり。あっけない最後だった。それでも長く続いた方だ。もちろん最初はそうではなかったはずだ。友人同士、知り合い同士が大好きな音楽を創り出すためにはじまったバンドだった。やがて、その情熱に大きな差が生まれ、同時に技術力や音楽的センスなど、いかに曽我部氏の技能、才能に頼っていたか、がわかるようになる。バンドとして死ぬことは必至だった。近年、気まぐれに復活し、活動するものの大きな話題になったのは最初だけ。利用できるものは全て利用するという姿勢、アーチストとして大成するためには、それぐらいの図々しさが必要なのである。それにしても堕天使ワルツとは、それだけ聞けば正気か、と疑いたくなるが、歌を聞いていれば何となく納得してしまう、ほろ苦さがある。
西田先生は言う、はじめよう。え、なにを?