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田辺君のこと

田辺くんは冷たい。田辺くんの私に対する振る舞いが冷たいというのではなくて、体温がとても低い。それは触ってみれば誰もがはっとするほど、はっきりと低い。体質なんだろうか、そうだとしても低すぎる。だって、田辺くんを抱きしめれば猛暑でもひんやりとしていて、過ごしやすくなる。冷たすぎることはない。私がいくらぐいぐい強く抱きしめてもいくらいくら背中をさすっても温かくはならない。その田辺くん本人は、体調は大丈夫なのか心配するが、そうすると田辺くんはいくも遠慮がちな笑顔を見せる。僕なんかの心配をしてもらわなくてもいいですよ、と言わんばかりの笑顔。でも、うれしがっている。誰だって自分のことを木にかけてくれる人がいると言う事実は、それだけで勇気が出るし、うれしいものだ。田辺くんは本当に大丈夫なのか、結局はよくわからない。田辺くん本人が言うのだから、それを信じるしかない。もしかすると私の知らないところで苦しがったり、悲しんだりしているのかもしれない。だけど少なくとも、私の見ている前ではいつも穏やかで、くすぐったそうに笑ってくれた。田辺くんの家族はどう思っているのか、その冷たい皮膚でを心配して医者に見てもらうなどのしているのか、よくわからなかったが、田辺くんはそういうことを何も言わなかったし、誰もそのことを聞くことはなかった。暗黙の了解みたいに、田辺くんは体温の低い人間として当たり前にそこにいた。
 夏だった。田辺くんがいつになく、浮かない顔をしていた。何か落ち着かない、どうもそわそわしている。何かにおいたてられているように辺りを見回しては、立ち上がり、すわり、ペットボトルのお茶を飲み、皮製の田辺くんに良く似合っているかばんをあけ、しめ。田辺くんがそんなにもそわそわしているのを私ははじめてみた。声をかけると、別になんでもないよ、と答え、また同じような一連の行動を繰り返している。どう見ても不自然で、でもあまり何も語りたくはないのだろうと思い、黙って読みかけの小説に集中した。
 何ページか物語を進ませて、風が入ってきてカーテンを揺らした。ひどく冷たい風で、外から吹いて北にしては不自然だと思い私は顔を上げた。そこに田辺くんはいたわけだが、ひどく薄くなっていた。全体的に田辺君の色が抜けている。その後ろの壁に私はポスターを貼ってあったのだけれど、そのポスターの鮮やかな赤が田辺くんの色をよけいに薄く見えさせた。私は小説をとじて、田辺くんのことをまっすぐ見た。田辺くんは何にも言わずに、もうそれほどそわそわもせずに、私の目を見た。まっすぐにその目の黒はだんだん薄くなってしまった。透明になる。田辺くん、と私は呼んでみる。田辺くんはその言葉に反応することなく私の目をまっすぐに見て、ゆっくりと流れた涙の伝う先、褪せた色がもどっていく。はっきりとした田辺くんの色に、戻っていくのが分かった。涙の伝う一線だけ、田辺くんは存在していた。それから、ゆっくりと口元が笑って、その口がなんと言ったのかわからなかったけれど、瞬いて消えた。田辺くん、と私はもう一度呼んでみたが、何も答えてくれなかった。
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