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まぐろ その26(走れメロス編)

マグロは激怒した。漁業協同組合長のあの憎たらしい笑みが頭の奥にこびりついて離れなかった。マグロの勇気、信頼する心を組合長はないがしろにしたのだ。マグロは単純な男であった。マグロが水揚げされた港は、以前水揚げされたときと違い閑散としていた。漁師やら、料理長やら、魚屋の主人やらでにぎわっていたのはいつのころであったか。この静けさは何だ、マグロが海に飛びいる水の音すら聞こえそうではないか。マグロはおどおどとほんの少しとれたワカメを競っている男の首を絞め、脅しながらどうしてこんなに静かなのかねと尋ねた。「組合長のせいさ」男は辺りを見回すようにしたあと応えた。「組合長が変わってから、このざまさ、あの阿呆では拉致があかん、組合長は自分の思い通りにならないと怒鳴り散らすし、蹴散らすし、犠牲になった魚類がどれだけいるか」なんということだ、とマグロは憤慨した。誰か対抗してこの平和を取り戻すように立ち上がる魚類はいなかったのか、とやはり首を絞めながら尋ねた。「無理です、あの人は、対抗しようものなら親族まで渡って徹底的に痛めつけられます、息絶えたホタルイカは数知れず」男はワカメが競り落とされたのでむしゃくしゃしながらマグロをまっすぐ見た。瞬間よだれは唇、あご、首を伝い零れ落ちた。当然である時価にして300万はするであろう立派な黒マグロであった。ワカメ何枚分、とワカメ換算で男はその価値を図ろうとした。ワカメは地球を覆いつくしてもなお、なくならない豊富なミネラルを含んでいた。
マグロはそれから、組合長に退治するためにつかつか港が見渡せる事務所に向かい坂道を登る。坂道は少々きつかったが、こんなもの、マグロの勇気、信じる心をみよ、てな具合に気合が入っていた。
組合長よでてこい、マグロがお前に信じる心の美しさを見せてやる、という文書を持って。マグロが坂を上っているのを見て人々は、よだれを流し、もったいない、もったいない、とつぶやいた。この日光を受けて無駄に生焼けになってしまった生ものは急速にその風味やら味、栄養分などを失う。水から上がった時点で、冷水でしめ、各部位とも利用できたらどれだけこの村が潤うことだろう。やがてざわざわとなってきた村の様子を見るために組合長はのそのそと事務所からでてきた。太っていて、体毛の濃い中年であった。さわりたくもないわ、年頃の娘であれば嫌悪しそうなぬめり気すら含んでいた。ぬめり気はマグロを見ると、はは、と軽く笑った。それがマグロの自尊心を深く傷つけた。ぬめり気無勢が黒マグロ笑ってどないや、マグロは文書を渡しさあ好きにするがいい、俺は逃げも隠れもせんぞ、とその場に倒れた。組合長はもったいない、とマグロを抱え上げると流れるよだれをぬぐうことなく、望みどおり調理してやろうかねえ。とつぶやいた。マグロは目を覚まし、待ってください、ひとつだけ心残りがあるのです、国に残してきた妹が結婚を控えていて、最後にその結婚式に出席したいのです。必ず、必ず戻ってくると誓います。だから、3日間時間をわたしに下さい。「何を馬鹿なことを言っておるのか、逃げる気であろうわかっておるぞ」逃げるわけがない、マグロは憤慨した、このおっさんはあかん、もう、すくいないぐらい愚かや。がマグロにも妹に伝えなければならないことがあり譲れなかった。そこで次のような提案をした。このまちに私の旧知の親友が住んでいる、彼に私の代わりになってもらい、私が3日後に戻ってこなければその親友を焼いて食えばいい、と。面白い、組合長はほくそ笑んだ、うひひどうせ守れるわけがない、やっぱりなと笑ってやるぞ。そう思いつきぬめり気は楽しくなった。いったいどうんなんふんふん。ただちに村の中央ほどにある家に家来が連行してくる。つれてこられたのは、マグロによく似た鯖であった。鯖はロールでくくられて、酢を掻けるれている。マグロ、信じているぜ、鯖は行った。雨季に入るから雨は続くであろう。それに対して人間はどうすることもできない。無力だ。矢のように腐敗していく。鯖であればなおさらだ。本当のことを言えば、さばも怖かった。恐ろしかった。鯖である、俺は鯖である以上腐敗し、はうし、とひとつ叫んでみた。状況は何一つとして変わっていない。鯖よ、とマグロは語りかける。3日間だけ耐えてくれ、そうすれば俺は戻ってくる、そして、お前の変わりになろう。頼む。いいだろう、鯖もポッケに手を入れて応える。俺はお前を信じている。だから3日間待っている。勇敢なふたりの会話だったが、この暑さであるおそらく一日で腐敗だろう、とめぼしはつけた。まあいい。俺の人生、イツ鯖寿司にされるかどうかの人生、惜しくないマグロにくれてやる。そして、3日間待ち、マグロが帰ってきたらその腐敗した匂いを撒き散らして祝福してやろう。鯖は友情に厚い魚類であった。
マグロは鯖に頼むと、組合長の許しを得ずに走り出した。「ちょ、わし、許可してへんのやけど」組合長はもう無駄だと思ったが一応言ってみた。完全に無駄だった。マグロは駆け出して海に向かっていた。海しか眼に入っていなかった。うっひょー、と意地汚く笑った。潮水に餓えた野獣であった。限界だったのだ。さすがに魚類である。
と、突然、マグロはぴくぴくと二三度痙攣し、動かなくなった。
すべての力とすべての水分を使い果たしたのだ。村の人々はマグロパーティを開いた。
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