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ひとつめはここじゃどうも息が詰まりそうになった6

(沖縄編8?6・「ハンカチーフは万年雪の底に」)
 
 
 配備された場所は土の中だった。建物はない。自然にできている、あるいは、土を掘り返して作った簡単な穴倉だった。すぐに泥だらけになる。名誉の汚れ、とか言って笑い飛ばす程度ではすまなかった。あれ、名誉の汚れと言って笑っていた頃はいつだっけ。ずっとずっと昔のような気がするけど。着替えても着替えてもすぐに泥だらけになる。それでも、ひめゆりの生徒たるものは、と泥のついた着替えを少し乾かして着る。穴の外ではひっきりなしに銃声が響いていた。燃える音。ごうごうと燃える音。燃やし尽くされていく音。夜になっても朝になってももう一度夜になっても音は鳴り止まなかった。波の音なんて聞こえやしない。負傷した兵隊さんが次から次へと、やってくる。私たちは兵隊さんを泥だらけのベットの上で、泥だらけの包帯で手当てして、手当てしてに明け暮れて、そのうち眠る間もなくなっていく。食べるものも水もなくなっていく。水を汲みにいくのは危険な外を歩かなければならなかった。怒声、蛆の這う音、何がなんだか分からなくなる。眠気など全く起こらない。爆発音。夜などない、昼でも壕の中には太陽の光など届かない。
 そして、ろ組で水泳が上手な米子さんが、ひめゆり最初の犠牲者となる。泣いた。みなが泣いていた。感情は伝染する。兵隊さんだって、泣いてくれた。全員が全員ではないけれど。
 二人目、三人目、先生方も、そのうち、誰かが死んでも悲しくなくなった。次は自分だ。次は。やはり感情は伝染する。人間は醜い、いや素晴らしい、死に慣れてしまったんだ。いや、悲しかったが、悲しんでいる暇などなくなってしまったということもある。何せ次から次へと重症の兵隊さんが運ばれてくる。水をくれ、水をくれ、痛い、学生さん、俺を殺してくれ、いっそのこと俺を殺してくれ。この痛みがお前にわかるものか。いつしか、死はそのうち当然のようにやってくるものとして、受け入れることができるようになる。死に対する恐怖はだんだんと薄くなっていく。その機会が早く訪れるように願うこともあった。長く生きているだけつらい思いをする。人のことなど、だんだんどうでもよくなっていく。時間が流れるの感覚がなくなっていく。


「解散命令」が出される。「君たちは今日まで良く頑張ってくれた。今日からは自分の判断で行動するように」と、敵の前に放り出される事となる。自分の判断って?誰も何もできない。私は途方に暮れた。実質死ねと言われているようなものだ。まだ銃声が響いていたし、誰がどこにいるのかもわからない。隣の壕に誰がいるのか、誰がすでに死んでしまったのか。もう情報も何も流れてこない。いちいち把握している暇はなかった。水が飲みたい。なぜこんなにものどが渇くのだろう。もっともっと飲んでおけばよかった。排泄物の、腐った死体の、泥の、とかあまりなじみのない匂いは、潮の匂いだけじゃ覆い隠せない。もう、感覚が麻痺している。麻痺しない子はとうに死んでしまった。麻痺していなかったらこんなところで耐えられる訳がない。手榴弾で自ら命を絶った。ただ、私はひたすら、もう一度幸子に会いたい一心で、必死にしがみついた。変な話、家族よりも幸子だった。ほかに何も考えなかった。もしかしたら幸子も同じことを考えているのかもしれない。そう考える事が私の生きる理由となった。

やがて夜は明ける。同じように太陽は狭くちっぽけな島を照らす。温めて、すぐに暑くなる。汗が滴り落ちる、ぽたぽたと泥を湿らす。ああ、私はまだ、生きている。ふらふらと歩いていく、どこに?私はいったいどこに向かえばいいのでしょう。目の前に影。白い。誰?幸子?ガンジー?ねえ、返事してよ。ガンジーでしょ。あたしと、また、康成の、万年雪の話をしようよ。ねえ、幸子。


 泥まみれになって転がっている幸子の眼鏡を拾って私は、交換したハンカチーフでそっと包む。そして私の鞄の奥の奥に、絶対になくさないようにそれを沈めておくのです。太陽も届かない私の鞄の奥の奥は、きっと万年雪の底ぐらい冷たいはずだし。




(改めて断る必要がないかもしれませんが、この物語は、ひめゆりの資料館にてハルという女の子とガンジーというあだ名を持つ幸子という女の子の写真を見た初期衝動で書き綴った創作であり、登場人物等は、実在する人物等とは関係ありません。以上で終了です。次回からまた陽気な旅日記に戻るわけです。きっと)
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[C98] Unknown

ちゃんと読んでくれてありがとうございます。

おもいっきり京都弁話してますし、現代の歌を口ずさんだり、ありえないことばかりなのですが、少女たちがおしゃべりしたり、想ったりすることを出来るだけ自然にしようと考えると、このようなかたちになりました。

きっと戦時中であっても、こんな風に楽しそうに笑っていたんじゃないかと思うのです。というより思いたい。

沖縄編、ずいぶんトーンが変わりましたが、すぐに戻りますので、三四郎さん引き続きリッスン・トゥ・ハーをご贔屓くださいね。
  • 2006-11-25 08:55
  • なゆら
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[C99] 一場の夢

にしては、重いものを受け止めてしまった感じですね。
ハルの運命はおそらく過酷なものになるでしょうが、生きていりゃこそ、です。親友の眼鏡を持って生き続けてほしい。「死」で終わらなかったラストに一片の救いを感じました。

それはともかく。
現代史を題材にするということは、評価の定まらない部分を扱うこともあり、難しいことも多いものですが、普通の女子学生の視点という切り口としては自然で読ませる短編になっていると感じました。
  • 2006-11-24 21:16
  • 三四郎
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