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猫の大虐殺、見下ろす鴎は片目

実際、
猫が殴られたり蹴り飛ばされたり唾を吐き掛けられたりボウガンの矢を放たれたりライターの火を近づけられたり、そのようなことをされて付いた傷口を踏みつけられている所を見たわけではないし、猫のそのようなことをされた結果憐れにも死んでしまったのだろうと想像できるような死骸を見たわけでもない。たしかに車に轢かれた憐れな子猫の死骸は見た。意外かもしれないがそういう猫の死骸は町でよく見かける。それを人間があまり見かけないのはしかるべき手続きに則って、役場の担当課が早急に処理するからで、ほんとうに猫の死体は意外というほど見かける。空から見ればすぐに見つけることができる。きっと高いところから見ると何でも見つけやすいのだ。いたって単純なことだ。
町を包み込んでいるのは、いたって平凡な6月であり、そこで大虐殺が行われるなどとは想像の欠片すらない。
それでも何かが起こるような予感は感じていた。
それは街のいたるところから立ち昇る黒い煙のように鴎の羽に絡みついたし、いくら振り払っても決してその煙は拭い去れない気色の悪さを含んでいた。
時々見かける、町に生きる猫はどこかよそよそしい顔で空を飛ぶ鴎のほうなど興味もなく、ただ餌を探して彷徨っていた。あるいは、彷徨うために餌を探していた。

きっかけはささいなことだった。
ここにルーディンという名前の子猫がいる。誰がつけた名前なのか、それはこの際深くは触れないが当然、ルーディンにも説明すべき別のストーリーがある。それを説明するのは別の機会ということにしておく。
とにかくルーディンという名前の子猫がこの町に存在する。
ルーディンはある天性の才能があり、その才能は野良猫として最も有用なものであった、つまり、人間とうまく打ち解けあいその心を魅了してしまう、仕草に特別な可愛らしさがあったのだ。
その日もルーディンは子供とじゃれあっていた。そして例外なく関わる子供の心を奪っている。

ふと、何かのはずみで、恐らく野良子猫故の寂しさからくる甘えであると思われるが、ある子供をひっかいた。その子供は遊んでいただけでひっかかれたことに対して何も感じていない。むしろ、自分の気を引こうとする子猫に対して更なる愛情を注ぎ込もうとしたぐらいである。問題なのは子供の母親が我が子を愛するがあまり、ルーディンのひっかきを脅威と考えたことだ。母親は時として大きな過ちを起こす。それ自体はやはり珍しいことではない。いくつか偶然が重なり合ったのだ、経緯については省略するが、たちまち町はか弱い猫たちを恐ろしい敵と考える、忌み嫌うべき生き物であると考える、猫が生きていることが自分たちにとって不幸な事態を引き起こすと信じて疑わない。ルーディンが嬲り殺されたのを合図に、町は猫という猫を殺して回る。
正確に言いば、町、ではなく、町の大人たち、だ。しかし考えてみれば町を動かすのは、それが建前の上のことであろうと大人であるし、ここでは、町が猫を殺して回る、としても一行に差し支えない。


鴎は片方の目が見えなかった。
見えなくなったのはどれぐらい昔だったのかとおに忘れた。
ある日の朝眠りから覚めた時すでに見えなくなっていた。
どうして見えないのか、見えないということがこれから自分にどういう影響を与えるのか、とにかく何も解らなかったが、悲観はしなかった。飛んでいる時、方向を示す目印が見えれば、海を泳ぐ魚の動きがわかれば、生きるのに何とか事足りた。それが原因で他の鴎から、変な飛び方だと揶揄され、仲間はずれにされたこともあった。それもあり、彼は、あるいは彼女は、孤独を愛した。孤独はむしろ心地よかった。孤独を愛すると言うことがどれだけ寂しいことなのか、もうすでに気付くこともない。鴎はいっぴき空を飛び、町を見下ろした。
鴎は下に広がるちいさな港町が好きだった。
この港町があったからこそ、孤独を愛したのだと言ってもよい。
飛びながら、町の人々をいつまでも飽きることなく見下ろし続けていた。
鴎は、人間と言う生き物は素敵な生き物だと思っている。それは大虐殺を見たからと言って変わることはない。人間は時に悲しそうに時に嬉しそうに時にどちらともいえぬ複雑に、めまぐるしくその表情を変えた。


繰り返す、実際、
猫が殴られたり蹴り飛ばされたり唾を吐き掛けられたり矢を放たれたりライターの火を近づけられたりしている所を見たわけではないし、猫の、そのようなことをされた結果死んでしまったのだろうと想像できるような死体を見たわけでもない。それは紛れもない事実である。
大虐殺は、例えば、鴎の想像上の出来事なのだと言えば一番わかりやすいかもしれない。
もう一度言う、実際には何も起こっていない。
しかし、鴎は確実に大虐殺を見ている、記憶にも残っている。

すべては、鴎の見えない片方の目が見ている。

鴎は見えない片方の目でルーディンの死からはじまる大虐殺を見ている。
全くの妄想、と誰かは言うかもしれない。
しかし少なくともその町の真上を飛んでいる鴎の目には巻き起こる狂気が映っている。
何が真実で何が妄想かなんて、簡単に言えることではない。
大虐殺は誰の目にも映っていないが鴎の目には映っている、それもまた紛れもない事実なのだ。

悪夢そのものだった。
そのとき、人間は悪魔よりも悪魔らしくあった。
全ての人間は一瞬にして豹変した。水の中に落とす墨汁のように、町はすぐに黒く染まっていった。その様は見事とさえ思えた。奇跡とさえ思えた。猫は甲高い鳴声を上げ逃げ惑うがしかし人間は執念深く追いたて鉈を振る。理由はわからないが大虐殺は鉈で行われた。誰もが鉈を手に持っていた。そんな量の鉈がいったいどこに保管されていたのは解らない。この町は港町なのだから普段鉈を使う機会などあまりないはずなのに、どの鉈も錆びることなく光っているということは何故なのかもわからない。とにかく決められたみたいに人間たちは鉈を持ち、猫と言う猫を探し、見つけると多勢で囲み込むように追い詰め、怯えた猫に振り下ろした。猫は意外とあっさり割れる。いや、猫だけではない、どんな生き物でも意外とあっさりと割れるのだろう。誰も試さないから知らないだけだ。
ごく一部の勇敢な猫は人間に対して牙を剥き、人間の皮膚を引っ掻いて抵抗した。しかしその代償として耳を削がれ目をくり抜かれた挙句皮を剥がされた。人間はのた打ち回る猫をあざ笑った。町で生きる猫という猫が無残な姿で道々に転がった。そのたびに役場の担当課は律儀に処理をしその痕跡を丁寧に消してしまった。とても機械的に彼らは業務を遂行した。彼らだけが猫を虐殺しない唯一の町だった。彼らはそのことに関して不満もない様子で淡々と死骸を片付けた。

鴎は大虐殺に対して何もしなかったのか。
決してそうではない。鴎は虐殺される猫を何とか守ろうとしたし、虐殺を行う人間を救おうとした。
例えば、
鴎は祈る。一筋の涙の雫を落とせば人間は我に還るかもしれない。雫が当たれば猫は息を吹き返すかもしれない。実行する。落ちた雫はあとほんの少しのところ、人間の頭に触れる前に、風に吹き飛ばされてしまう。猫に触れる前に、その死骸を処理されてしまう。そんなことを繰り返しているうちに涙は枯れ果ててしまう。ちいさな鴎一匹が持っている涙の量などたかが知れている。
例えば、
鴎は急降下して人間の持っている鉈を奪おうとする。実行する。急降下をはじめる、すんでのところで、ちょうど鉈を振り上げた人間と目が合う。途端に動けなくなる。それほど人間の目は血走っており、狂気に満ちている。鴎が降りて奪おうとしたところで奪うことなんてできそうもないし、そんなことをすれば逆に、素早く振り下ろされた鉈によって鴎が真っ二つになってしまう。
例えば、
町の異変を仲間に知らせる。仲間に知らせれば、仲間が仲間を呼んでこの大虐殺を阻止することができるかもしれない。実行する。ふと気付く、自分に仲間はいない。何を叫んでもそれを真剣に受け止めてくれるような仲間が、自分にはいない。その寂しさに気付いてしまう。
例えば、例えば例えば、例えば例えば例えば。

かくして鴎は何もできなくなった。ただ、殺して回る人間を、逃げ回る猫を、見下ろして飛び回るだけだった。

陽が沈む頃、まるで何事もなかったかのような冷めた静寂が訪れた。人間はそれぞれの家に戻り、温かいシャワーを浴びて肌についた血を洗い流し、それから温かいシチューを胃の中へ流し込む。子供はすでに眠り込んでいる、もう寝なさい、と母親に注意されて毛布に包まっている。明日何一つ変わることなく町は目覚めて、何一つ変わることなく生活の続けるのだろう。そこに虐殺された猫の存在の入り込む予知はない。
飛んでいる鴎は降り立つ場所を失った。降りようとする度、その場所で転がった猫が見えた。実際には町役場の人間によって痕跡はすっかり消されていた。しかし、鴎の目には無念そうな猫の、もう永遠に燃えることのない瞳が見えた。片目の鴎は見えていた方の目を自ら潰し、何も見えなくなってはじめて安らぎを覚え、すすり泣きような声でひとつ鳴き、奈落へ落ちた。
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