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おうどん、2杯と半分

熱いおうどんが食べたい、とおばあちゃんがつぶやいたが、それを気にとめるものは誰もおらず、もう一度熱いおうどんが食べたい、とつぶやいてもやはり家族は無視している。何も虐待をしているわけではない。おばあちゃんは意識がはっきりせずに、きっと自分でもなにを言っているのかわからない状態で、つまり痴呆症にかかっていて、うどんを食べたいと言い出すこともしばしばあるし、うなぎを食べたいとはしょっちゅう言い出す。それをいちいち叶えていたら、うどんをしょっちゅうかいたさないといけないし、うなぎをさばかなければならないし、何よりおばあちゃんはそれを本当に欲しがっているのではないということである。つぶやくときには本当に欲しがっているわけであるが、少し様子を見ていればそんなことは忘れてしまい、鼻歌を歌いだしたり、おもちゃをいじったり、ということを繰り返すいつもの行動に戻る。だから、最初のなれなううちにはおばあちゃんがそうつぶやくたびに母は調理し、用意してやったが、出来上がることにはおばあちゃんはそう望んだことを忘れており、ぼんやりとあさってをみて母を悲しませた。
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[C309] Unknown

読み返してみると正直誤字だらけで、ところどころ適切でない、文章ですが、温かく見守ってくれてありがとうございます。

時として文章には勢いが重要な意味を持ちますので、原文そのままでここは修正せずに残しておきましょう。

これは実際のおばあちゃんのことを書いたものなのです。
いや、そんなにひどく痴呆症にかかっていたわけではありませんが、そうやって少しづつ子供みたいになっていって、徐々に、しかし最後は本当に安らかな顔をして眠るように息を引き取りました。

残されたものはつらいですが、その徐々に弱っていく過程でさよならできたかな、と思えましたので、亡くなったときもそれほどのショックではありませんでした。

ちょっと悲しんで、あとは笑っていようと決めました。
そのほうが喜ぶはずだ!

直面した時にどう乗り越えるか、文章を書くっていうのもその一つの手段なのかもしれません。
  • 2007-12-31 02:02
  • なゆら
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[C310] 滅びの時間

人間は、時間をかけてこの世に生まれ、子供として時間をかけて分別を得ながら成長します。その時間に比べれば、また「子供」に戻りこの世から消滅するまでの時間は短いと言えます。でも周囲の人々にとって、その「悲しみ」「つらさ」は、成長過程での「楽しみ」「希望」の分だけ、いや時間が短い分凝縮されて深く濃いものになるのだと思います。

生まれた子が成長するまで、親に「希望」「つらさ」を与えてきたのに、親は終のときに「つらさ」しか返せないというのも悲しいものですね。損得勘定で考えたら人生は「つらさ」しか残らないってことかもしれません。

介護の日常の断面をリアリスティックに切り取った佳作です。
  • 2007-12-30 12:09
  • 三四郎
  • URL
  • 編集

[C663]

恩返しできる隙を与えたのは、また格別かもしれません。
  • 2012-09-01 03:58
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  • 編集

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