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「神様」(モンスターエンジン/吉本興業)

部室の空気がやけにひんやりして、心臓まで突き刺さってきそうさ。
部室といっても真冬の室外とほぼ同じようなものだから当然である。存分にあるドア下の隙間から恐ろしいほどの勢いで吹き込んでくる。凍死は時間の問題だろう。
「凍死するわけにはいかないさ」男は心臓を痛めつけるほどの寒さに対しそうつぶやく。幻覚が見えるのである。
あと2時間後のマラソン大会がある。「そう、凍死するわけにはいかない、僕が優勝してやるまではな」男は有力な選手である。その期待の強さは全盛期の小錦のごとしであった。正直言って期待の強さは迷惑であった。苦しんでいた。優勝するに決まっている、そういう無責任な決め付けは、凶器となり、選手の首を締める。
分厚い白のウインドブレーカーを着込んだ彼の肌は、震えていた。寒さからくるもの、これからある大会からくるもの。心臓は2重の苦しみによって、突き刺さるように苦しい、強気に出てみたものの実際、優勝できる気が全くしなかった。スタートラインに着く事すらできないのではないか、ぼくは、このマラソン大会のためにすべてを投げ出して今日をむかえ、マラソン大会で優勝できることだけを目指して、それが今日決まるのだ。マラソンぐらいで大袈裟な、とあざ笑うものがいるかもしれない。しかしそれは、彼の今日までの努力を知らないからそんなに簡単に笑い飛ばせるからで、それを知っていれば何もいえなくなるか、祈るしかなくなるだろう。
男は祈った。
祈る事しかできなかった。この状態では、足など一歩も動きそうにない。なんなら凍死は意外と近づいてきた。
「ああ、神様」
悲痛に響いた。
この誰もいない部室の中では、嘆きこそ最も惨めなものだった。
床に落ちている薄汚れたタオルケットが、スタートライン付近ではいつくばって倒れた彼自身に見えた。背中を大勢の猛者が踏み超えて行くのだ、笑い皺がたくさんあって気持ち悪い彼自身に見えた。
「どうか、このマラソン大会でぼくを優勝させてください」
無神信者なら笑うだろう。いや、無神であれば、こんな時の神頼みと祈るのかもしれない。男はなりふりかまわず祈る、天に組んだ両手を突き上げた。
「お願いします、神様!」
その時だった。
薄汚れたタオルケットのタグの部分がふたふたと揺れ、それを持ち上げるように、何かでてきた。小さい虫かと思う間もなく、目の前に豊かな肉体を持つ人間が立っており、目を閉じて、両手は左右に不自然に構えたまま固定されていた。狭い額にリングをつけており、蛍光灯に反射して鈍く光る。その長めの髪は真ん中で分けられ、無造作にあそばせてしかし、あらかじめすべて決められたかのような納まり感でゆれていた。

「私は神だ」

「神様?え?」

「お前に力を与えよう」

「力?」

男は先ほど自分が不用意に、ただ自らの欲望に従い「神様」と叫んだ事も忘れ、目の前にいるものがなんなのか見当もつかなかった。もともと神など信じていなかったのだから無理もない。え、こいつタオルの精?
お構いなしに神とするものは、両手は不自然な形のまま、何か唱え始める。

「すべての神代そしてすべての生命よ」

タオルの精が何かはじめたようなので、男はなんとなく焦りだした。
しかし妙に良い体格をしている。タオルの精無勢が、とコンプレックスも刺激されさらに焦りだした。ああぼくはこんなことをしている暇はないんだ。少しでもリラックスして走れるように準備体操、ジョギングでもしていなければならないのだ。監督が会場で待っているはずだ。おそらく遅れた彼を見て、また激怒するにちがいない。それを想像してまた少し憂鬱になった。「あの、すいません、もう、いっていいすかね」と聞いてみようと思ったが言い出せない。なぜなら極度の人見知りだし、何か唱えているから邪魔しちゃうかもしれないし。

「かれに力を与えよ」

と、男の中心、先ほど空気が突き刺さろうとしている、ように感じていた、心臓が鼓動を早め、血が全身を巡っていく。
「ん?」
何か時間がものすごい速さで進んでいるような気がした。全身に、そのひとつ向こうに届きそうなほど、何度も、何度も、鼓動し、駆け巡った。
「ん、ん?う、うおおおおお、おおお」
バウンドしていた。スーパーボールのように弾んで全身を、さらに熱が、やはり心臓を中心として、その半径2m以内へ一斉に燃え上がり、男は全身が熱くなりうずくまる。皮膚のめきめきというはじけそうな音が聞こえていた。

「そして、彼がこの舞台で力を発揮できるよう」


「ち、力が、湧いて、きたううう、うおおおおおおお」

男はめらめらした混乱の中、本能に任せてウインドブレーカーの中に隠し持っていたシルバーの兜を頭にかぶり、ウインドブレーカーをぶあっさと突然剥いだ。

「私だ」

どこか楽しげにつぶやいて、筋骨隆々、腕を体の前に交差させて固定、先ほどまでの姿勢体格はどこふく風か、隙はない。バックをとらないかぎり、絞殺するのは難しそうだ。あるいは懸命なゴルゴなら、真っ先に逃出しているはずだ。

「お前だったのか」

動じることなく神はつぶやく。目を閉じたまま、それはおおらかな気持ちになれる歌のような声だった。先ほどまでとは少し違う神の素の声なのかもしれない。家の留守電に入れておいたと思っていたら友達ので、なとでお前声違うね、といわれるように身内だとほんの少し変わるのかもしれない。

「まただまされたな」

「全く気付かなかったぞ」

「暇を持ちあそばせた」

「神々の」

「遊び」

光が我々の方に傾く。
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